開催によせて
 本展は「表現の拡張」をテーマに毎年開催している展覧会です。新しい表現の可能性を探ることは、例えば創作料理のレシピを考えることに似ているかもしれません。今までにない味や見た目で新鮮な驚きを与える料理は、「こんな組み合わせがあったんだ」という驚きだけでなく、「別の料理にもこのテクニックを応用できないだろうか?」「自分でも作ってみたい!」といった興味・関心にもつながります。消費する側の立場から、作り手側への意識の転換です。この展覧会の実験的でいたずらっぽい雰囲気が、そういうワクワク感につながれば成功です。
  しかし、単に「各自新しい表現に挑戦してください」とストレートに要求するだけではなかなか新鮮なアイデアは出てきません。そこで、毎年展覧会開催にあたって発想の切り口となるテーマを設けています。過去のテーマは「10点セットの組作品」「外注した部品の活用」「黒一色の作品」「伸縮素材の活用」といったものでした。今年のテーマは「過剰性」です。つまり、やりすぎだと思われるレベルのことをしてください、というのが今回のお題です。想定されるアプローチとしては、回数・分量・密度など制作にまつわる何らかの値を極端に大きくするとか、普段気にも留めないようなものを一同に集めるとか、誤解・曲解をあえて訂正せずに助長するとか、子供じみたことを大人が全力でするとか、色々な方法が考えられます。ただし、モラルに反する行為だけは避けるように伝えています。過剰とは一線を超えることでもありますが、法律やマナーのように誰もが認識しているラインを考えなしに跨ぐのは単なる度胸試しであり、創造性とは無縁です。まだ誰にも認識されていない境界を発見して提示することの方が、ずっとクリエイティブな行為と言えるでしょう。
  なお、本展出品作はメッセージ性や機能性が全くないものがほとんどです。私の専門である構成学は造形表現における基礎研究分野であり、表現の可能性を広げるうえで基盤となる知見の拡充が使命です。基礎研究である以上、何かの役に立つことが分かりきっていることのみを対象に逆算的にアプローチするだけでは、視野が狭くなりかねません。そこで学生には、作り手自身がどうなるか分からないようなことでも直感的に面白そうだと感じたら積極的に挑戦するようアドバイスしています。ただし何の役に立つのかわからない行為は当然言葉で説明がつきませんので、それをやってみたいという気持ちの強さが作品にあらわれないと著しく説得力に欠けます。「意味はないのに、何故か説得力はある」という矛盾した状況を作れているかどうかが、本展の勝負どころだと思っています。
 上浦佑太(芸術系助教・構成領域)
DMメインビジュアル提供:稲見朱莉(芸術専門学群2年生)
後藤けいと GOTO Keito  "手折り文様 トレーシングペーパー
一辺わずか2.5cmの小さな正方形のトレーシングペーパーを手で細かく折って折りスジをつけ、線を表現をしている。通常、平面においてアナログな手法で線を表現する場合は、表面に何かを付加したり削ったりするのが一般的だが、トレーシングペーパーは折ることで得られる際立った白い線が特徴的なため、この性質を活用して「折り」で描く線の可能性を模索した。

宋邹邹 SONG Zouzou  "生長" 陶土

薄く延ばした水粘土を上下からそっと触ることで生まれる自然な曲面に惹かれ、手の感覚に委ねてひたすら成形した。

岡本晃樹 OKAMOTO Teruki "soil" ビデオテープ
記録されたビデオテープの中身を全て取り出し、放射状に並べた。誰かが記録したものを破壊して束ねる暴力的な行為と、その物量や質感からは様々なイメージや物語を読み取ることができる。しかし、本作は作り手側のメッセージを視覚化するプロセスでできた作品ではなく、ビデオテープを引き剥がす行為の身体性に興味を持って制作されたものである。

中山佳保子 NAKAYAMA Kahoko "dan-pole" ダンボール、回転台

円形にカットしたダンボールを400枚、少しずつずらしながら重ねた。段ボールの穴が鑑賞者の視点に対して正面に向かう瞬間のみ向こう側が見える。遠くから見ると、より多くの面積が透明に見える。

疋田奈菜 HIKIDA Nana "ドラミング" ドラム缶 (※動画後半に音あり)

ドラム缶をひたすら叩いた。ドラム缶を簡単に凹ませる方法もあるが、効率よりプロセス(充実感)を重視した作品。ドラム缶は用途を変えて数回使い回すものなので塗装が複数色重なっており、叩くことで塗装が剥げて過去の様々な色が確認できる。

後藤美菜 GOTO Mina "maki-maki" 自転車、ストレッチフィルム
自転車をストレッチフィルムで何重にも巻いて、有機的な美しい曲面を得た。自転車が持つメカニックな印象から懸け離れた繊細で柔らかい曲面の表情が魅力。
一色柚奈 ISSHIKI Yuna "いちめんのいぬ" 名刺カード、カラーインク
1日80点(午前に40点=青、午後に40点=赤)のペースで1ヶ月間、2000点以上の犬を描いた。右上から左下に時系列に並べてあるが、だんだん無駄のない線になっていることが分かる。

高橋さあや TAKAHASHI Saya "クーピーとジェッソと木製パネル" クーピー、ジェッソ、木製パネル

「一切ストレスのない制作」をテーマにした作品群。鑑賞対象とされることを意識せず、気の向くままに線を描くことでどんなものが生まれるのかを確かめた。作業も複数枚平行で進め、描きたいタイミングに委ねて描き進めた。

今村明日香 IMAMURA Asuka "狭間" 鏡、アクリル板、プラントビーズ

高さ3cm、幅・奥行き共に90cmの扁平な空間の中にどんな立体表現ができるのかを試行した。上下に鏡を貼ることで僅かな空間を広く見せ、中に透明な球体を配置することで映り込みが増大するように工夫した。環境デザインを専攻する学生のためか、建築模型を思わせる平たい空間の中で表現の可能性を探る姿勢が興味深い。

増田有夏 MASUDA Yuka "Short-Legs Chair" タモ、ブナ、他
「これ以上ないくらい安定した椅子」という着眼で、脚が極端に短い椅子を制作した。3点をコンパクトに収納・運搬できるように設計している。用途から逆算して生み出した形ではないが、雨上がりの原っぱや公園など地面の汚れが気になるような空間でイベントを開催する際に多数用意しておくと便利かもしれない。
千葉瑞希 CHIBA Mizuki "" 毛髪、シナ合板
髪の毛をたくさん集めて敷き詰めた。頭に生えているときは美しい髪の毛が、床に落ちた瞬間に急に不気味なものに成りかわるギャップに着目して素材として取り入れた。白髪、金髪、短髪など様々なバリエーションが考えられる。

佐々木鏡花 SASAKI Kyoka "アッサンブラージュの集合による効果の実験" 紙、アクリル絵具、木材、ガラス、ほか

コーネルの箱に着想を得て、無数の箱を使って表現した時にどのように見えるのかを試行した。作者にとって思い入れのある品々をそれぞれ封入し、箱の内側の面にもオブジェに見合ったコラージュや塗装を施して多様なイメージを生み出している。

戸田遥 TODA Haruka "BELLOOOOOOOOWS"  コピー用紙、木製パネル
コピー用紙を蛇腹状に折って作ったユニットを無数に作成し、パネルに貼り付けた。自重で垂れ下がる長さや角度が個々に微妙に異なるため、陰影の表情もバリエーション豊かで見応えがある。

小野寺明音 ONODERA Akane "紙遊びの産物"  ケント紙

ハーフカット(紙にカッターで浅く傷をつけて折る技法)により得られる明快な稜線の美しさと、折るときの感触が好きで、折りの作業がたくさん必要になる形体を選んで制作した。

八重樫響 YAEGASHI Hibiki "積層(蠟)"  蝋、オイルクレヨン、クリアケース
溶かした蝋を何層にも重ねて立体的に積み上げた。素材の特性上、表面に現れる層の断面は完全な平行線にはならず微妙に歪んでいるが、それが連続することで心地よいリズムを感じる。

小形麻依 OGATA Mai "popopopo,pompom"  スズランテープ、輪ゴム

小学校の運動会などで応援用に用いられるポンポンを多数作成して敷き詰めた。テープを細かく引き裂く作業には、犬の毛をブラッシングするスリッカーブラシを研いで使用した。

村田美文 MURATA Mifumi "Polished cans"  アルミ缶、スチール缶

缶の側面をひたすら磨くことで印刷を剥ぎ、金属を露出させた。缶の側面から沈み込む部分はあえて磨かず、わずかにラベルを残した。もとの商品の気配が残ることで、磨かれた部分とのギャップが際立つ。

諸川もろみ MOROKAWA Moromi "たゆたゆ"  透明ビーズ、テグス

テグスに透明ビーズをひたすら通し、展示会場を周回させた。テグスもビーズも透明で、形状も細く繊細なため視覚的には控えめな印象だが、作品を成立させるための膨大な作業量に気が付くと作品の見え方が一変する。

家入瑞穂 IEIRI Mizuho "focus《ひだりあし》" 水粘土
通常人体彫刻は体のどの部位を表現しているのかが明白であるが、本作では具体的に体のどの部分がモチーフになっているのか判別できないほど人体を細かく解体して彫刻化している。
細井那月 HOSOI Natsuki "Braids" 毛糸
毛糸玉を9個用意して3個ずつの3セットに分け、三つ編みしたものを三つ編みすることで一本に統合した。

山崎祥香 YAMAZAKI Yoshika "TOGE消し"  消しゴム

細かい部分を消すことに特化した消しゴムの商品は複数あるが、いずれも使えばすぐに先が丸くなってしまう。そこで、尖った消しゴムを無数に用意して、いつでも細かい部分をすぐに消せる状況を整えた。

青木航大 AOKI Kodai "Chips"  鉛筆の削りカス(1ダース分)

鉛筆1ダース分をまるごと鉛筆削りで削り、元のケースに封入した。中身の成分は全く変わっていないが、形を置き換えることで本来の用途を全く成さないものになっている。

川西雄己 KAWANISHI Yuki "floating"  アクリル板、金具、ガン玉(釣り用錘)、テグス
上下に伸ばした無数のテグスにガン玉を挟んで固定し、宙に浮かぶ点の構成を行なった。光の具合でテグスが見えなくなる角度で鑑賞すると、特に浮遊感を感じる。過剰性というテーマに対する回答としてはやや焦点が曖昧。
中野直生 NAKANO Naoki "お気に入り" テディベア
愛情を込めて作った大切なテディベアをハサミで切り裂いて解体し、自分用のマスクを制作した。作者は制作プロセスの中で強い感情の起伏を生み出すアプローチを探ってこの作品プランを考えた。

笠原萌 KASAHARA Mei "figure" キャンバスにアクリル

もともとは卒業制作として制作された作品群だが、本展のテーマである「過剰性」にも通ずる要素があるため展示した。作品コンセプトについてはこちら

平面構成演習、平面構成総合演習 優秀作品

講評会
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